CONCEPT

虚/実の建築あるいは庭 川向正人

隈研吾は、ショールームの窓の外に広がるサンクン・ガーデンが石庭になっていることに着目した。石庭といっても、苔むす真正の石庭ではなく、コンクリート製床面の上に砂の層をつくり、ここかしこに石を配しただけの庭である。ここならばインスタレーション/パフォーマンスに利用しても「庭の破壊」にはならない。「建築=デジタルガーデニング」という限の主張を実験して見せるには格好の場所であった。
「デジタルガーデニング」によれば、建築は、粒子の濃淡に変換されてしまう。しかも、粒子は動き、互いに位置を替え、本来あるべき境界面も越えて内と外を自由に出入りする。境界を取り払うことで、内も外もなく自由に粒子が行き来するという完全に周辺環境に融け込んだ建築/庭をつくることが、隈の狙いであった。
しかし現実には、ショールームの大きな窓には嵌め殺しの厚いガラスが入っており、そのガラスが、透明とはいえ内部と外部(石庭) とを分断する境界面となっている。この石庭に何かオブジェクトを展示して眺めようとすると、ガラス面の存在がますます意識されて閉塞感を募らせ、逆効果になってしまう。そこで隈は、「デジタル

ガーデニング」の理論によって建築も庭も粒子化して捉え、その粒子がガラス境界を越えて自由に出入りする状態をつくろうと考えたのである。彼が協働者に選んだのが、VR(ヴァーチャルリアリティ)の第一人者である廣瀬通孝であった。
隈と廣瀬は、室内にいる人がイメージする砂紋が、石庭の砂の上を動き回るクマデにストレートに伝わって実際に描かれる仕組みを考案しようと考えた。その際に、イメージされる砂紋と実際にクマデによって庭に描かれる砂紋が一致して、しかも両者の間に時間のズレがないほど、あたかもガラス境界は存在せず手で直接クマデを動かしているかのように、人は錯覚する。
議論を重ねた結果、ショールーム内部に、「床の上にクマデで描く」「ボードの上に筆で描く」「声で指示する」という3種類のインターフェースが用意されることになった。人の思い描くイメージが、これらを介して、クマデを引いて石庭の上を動き回るロボットに伝達され、砂紋が描かれる。いわば「高度な情報の触手を具えたクマデ」を道具として使うことによって、内と外の境界面を越えて広がる虚と実の庭に、自由に紋様を描いて遊ぶことが可能になったのである。

OVERVIEW

第2回
粒子がレスポンスする場=ニワ

企画建築家
隈研吾
コラボレーター
廣瀬通孝
開催期間
2004年7月12日(月)~7月23日(金)

隈研吾(くま けんご)

1954年生。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。30を超える国々でプロジェクトが進行中。自然と技術と人間の新しい関係を切り開く建築を提案。主な著書に『全仕事』(大和書房)、『点・線・面』(岩波書店)、『負ける建築』(岩波書店)、『自然な建築』、『小さな建築』(岩波新書)、他多数。

 

サイト情報
https://kkaa.co.jp/about/kengo-kuma/

©J.C. Carbonne

廣瀬通孝(ひろせ みちたか)

1954年神奈川県生まれ。1982年 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。
東京大学大学院情報理工学系研究科教授、連携研究機構
バーチャルリアリティ教育研究センター機構長などを歴任。
2020年より東京大学名誉教授。
専門はシステム工学、ヒューマン・インタフェース、
バーチャル・リアリティ。主な著書に「バーチャル・リアリティ」
(産業図書)、「空間型コンピュータ」、「ヒトと機械のあいだ」(岩波書店)
など多数。